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伊藤博敏(いとう ひろとし)氏


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不安に怯えたままの日常から解放し医療資源を有効活用したいものと痛感


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■特別寄稿──伊藤博敏(ジャーナリスト)


感染経路不明で感染者になった私の
「体験的コロナウイルス対策」提言

■新型コロナウイルスが指定感染症に指定されているため「手厚い隔離処置」がとられることと、8割以上が軽症・無症状者であることの落差を体験したからこそ得た最善の対応策は──

 新型コロナウイルス対策は、政府、自治体首長、感染症専門家、医師会、教育家、経済学者から思想家まで、さまざまな立場の人々が、それぞれの見解を口にし、百家争鳴の感がある。
 正解は、まだない。どんなウイルスか解明されておらず、ワクチンも治療法も確立されていない。「検査と隔離」というウイルス対策の基本に忠実になれば、市民生活と国民経済が壊死してしまうという恐怖感の中、ウイルスとどう共生するかにみんなが頭を悩ませている。
 筆者もその1人であり、コロナウイルス問題の発覚以降、治療薬、経済対策、失業問題、本誌前号で記したワクチン騒動まで、多方面から情報発信、どう対処すべきかを考え続けてきた。

             ◇

日常と経済活動を復活させ
PCR検査を拡大、拡張へ


 こうした取材活動と連動するわけではないが、筆者は、経路不明の感染により7月27日に発症した。体調の変化に気づき、近所の病院に出向いて受診。CT(コンピューター断層診断装置)とPCR検査を受け、高齢(64歳)、既往症(肺がん手術)、基礎疾患(高血圧)に加えて肺炎症状があるということで、居住地の川崎市保健所の手配で、即、入院となった。
「いつ急変するかわからない」と、担当医には軽く脅されたものの、幸いなことに軽症のまま中等症には進まず、治療薬「アビガン」や、重症時の点滴薬「レムデシビル」の世話になることもなく、7泊8日で退院した。
 痛感したのは、新型コロナウイルスが指定感染症に指定されていることによる「手厚い隔離処置」と、8割以上に達する軽症・無症状者との落差である。同時に、であるがゆえに感染防止のためには「PCR検査の徹底」が欠かせないことを実感した。
 隔離した上での入院が条件の指定感染症から除外、隔離はインフルエンザ並みの自律自主に委ねて日常生活と経済活動を復活させた上で、無症状者にも感染を実感させるPCR検査を拡大拡張すべきではないか──。
 これが、筆者の達した結論である。以下に検証してみよう。
 新型コロナは、今年1月末、指定感染症に指定され、第二類感染症に該当するSARS(重症急性呼吸器症候群)、ジフテリア、ポリオ、結核と同等の措置を取られることになった。実務を担うのは保健所である。
 感染症法は、医師が診断確定した感染症を保健所に届け出るのをはじめ、保健所による検体の採取、感染症が疑われる患者、または確定患者の行動歴の把握、接触者の追跡調査をはじめ、健康診断、就業規制、入院、移送などの手順まで細かく定められている。

無症状者として
ウイルスをばら撒く危険


 筆者のケースでは、PCR検査陽性の判明時点で、発症3日前からの行動履歴を細かく聞かれ、濃厚接触者の特定を急がれた。幸いなことに発症は4連休の翌日で、仕事上の接触がほとんどなく、濃厚接触者不在となって救われた。また、入院先手配、完全防護服を着た職員による専用車での移送、といった手続きは保健所が行い、筆者は、各種の決定連絡を待つだけだった。
 7月30日の入院時点で発症から4日が経過。厚生労働省が、6月12日、「発症日から14日間経過し、かつ症状軽快から72時間経過した場合に退院可能」という基準を改め、「発症日から10日経過」と軽減したことにより、入院時点で平熱に戻り、喉の痛み、咳、味覚障害などの症状もなく、8月6日、7泊8日で退院した。
 感染症法の規定により、陽性判定以降の入院費などはすべてタダ。ホテルなどの療養施設に隔離された患者も同じである。そこは、感謝せざるを得ないが、高齢、既往症、基礎疾患ありの筆者ですら、「軽い風邪」の症状で終わったのだから、20代、30代に無症状者がいるのも無理はない。
 筆者の唯一の症状は37〜38度の微熱だったが、普段から体温は高めなので、体調の変化に気付くことはなく、新型コロナの流行がなければ、体温を測らず、つまりPCR検査も受けずに無症状者としてウイルスをばら撒いた可能性もある。
 怖いのはそこである。症状が軽いから、気付かず感染を連鎖させる。それを防ぐには、検査の徹底しかない。参考になるのは、「いつでも、誰でも、何度でも」と、街頭での大量検査を実現した米ニューヨークを倣った「世田谷方式」だろう。
 提唱者は、かねてPCR検査の実施規模拡大と、それによる社会的検査の導入で積極的監視を図ることを訴えてきた児玉龍彦・東大先端科学技術研究センター名誉教授。児玉氏とこの問題について話し合ってきた保坂展人世田谷区長が、7月末、本格的な取り組みを表明した。
 現在、世田谷区のPCR検査数は1日に約300。今は、実際に感染症状のある人、その周辺にいた人に限られているが、それを周辺者まで広げて600にした上で、大型検査機器の導入や検体をまとめて検査する「プール方式」の導入で2000〜3000件に伸ばし、さらに最終段階ではニューヨークのような「いつでも誰でも」を目指す。
 その実現で、病院はもちろん、高齢者施設や保育所などで働くエッセンシャルワーカーの日常的検査、さらには無症状者検査にまで広げる。それに対し、「感染者が溢れて、医療崩壊につながる」という声もある。

検査体制を確立して
通常の学校生活に戻す


 そこでセットにすべきは、指定感染症からの除外、もしくは細かい隔離やフォローを必要としないレベルダウンではないだろうか。「電話が?がらず、PCR検査も受けられずに亡くなった」という第1波の時の悲惨は、原則入院で患者の全ての行動履歴を把握、治癒までのフォローをする保健所の仕事過多にあった。
 指定感染症からの除外やレベルダウンは、ウイルスの正体がいまだに掴めず、ワクチンも治療法もない中、「患者を野放しにするのか」という批判に?がるだろうが、8割以上の軽症者と無症状者に、指定感染症のような手厚いフォローは必要ない。
 医療資源を有効活用するには、中等症以上の治療の必要な患者に絞って手厚く看護、重症患者の致死率を少しでも下げることだろう。その割り切りと、「インフルエンザの学級閉鎖」にも似た、感染者の自律自主による自己隔離が、経済活動の再開と国民生活の日常回帰へと?がる。
「ウィズ・コロナ」と表現される新型コロナウイルスとの共生は、今後、成し遂げなければならない課題である。コロナ禍の後に変わる世界もあるだろうが、変わらないし、変えてはならない世界もある。
 オンライン授業で、知識の伝搬は可能だが、対面で交流することによる友情や愛情は育めない。スポーツは青少年の情操教育と身体を鍛えるのに欠かせないが、球技も格闘技も「密」が原則であり、そのぶつかり合いが競技の醍醐味である。
 ほとんど症状の出ない生徒・学生から、いつまで「密」を奪うのか。「密」から生じた感染者の早期隔離を可能にする検査体制を確立、通常の「学校生活」に戻すべきだろう。
 観光、交通、飲食、演劇、映画、野球など自粛要請され、息絶え絶えの業種が多い業界も同じである。対面や「密」を恐れていては、経済が収縮して弾かれる国民が激増、自殺者の増加に?がるだろう。
 それだからこそ今、最も求められているのは、PCR検査の徹底と、それを前提としたウィズ・コロナである。
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