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佐藤優(さとう まさる)
東京都生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科修了の後、外務省入省。在英日本国大使館、在露連邦日本国大使館に勤務した後、95年から同省国際情報局分析第一課に勤務。作家・元外務省主任分析官。著書多数。本連載は『国家の攻防』として角川新書で出版。


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ラブロフ外相はロシア外務省内の対日戦略不確定を背景に発言している?

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■佐藤優の情報照射 一片一条 連載167回


ロシア外交の対日硬化姿勢を解く
歴史的経緯を踏まえた首脳会談を

■ロシア外務省には多くの日本外交の専門家がいる。「原爆の日」も理解している。
それなのに「原爆の日」にラブロフ外相は米国批判にこれを利用した。
しかも、日ソ中立条約を無視した対日参戦も中国と朝鮮の解放と主張したが──

『エルネオス』誌に掲載された拙稿は、国会議員、官僚、報道関係者、東京に駐在する外交官によく読まれていた。北方領土問題や日本の安全保障政策の根幹にかかわる問題に筆者は極力、本誌で初めに論考を発表するようにしてきた。諸般の事情で、今回で『エルネオス』誌が休刊するとのことであるが、残念だ。本誌編集長で発行人の市村直幸氏のこれまでの御尽力に深く感謝する。
 最終回で、筆者はロシアの対日外交姿勢が硬化している問題を扱う。8月9日にロシアのラブロフ外相が奇妙な声明を発表した。
〈ロシアのラブロフ外相は6日、広島に原爆が投下された「原爆の日」にあわせて声明を発表し、「無実の民間人の痛ましい死に、今も地球上の多くの人々が心を痛めている」と指摘しました。/そのうえで「原爆投下は武力の誇示であり、民間人に対する核兵器の軍事実験だった。アメリカはこのような大量破壊兵器を使用した最初の、そして唯一の国だ」とアメリカを非難しました。/その一方、第2次世界大戦末期の1945年8月9日にソビエトが、当時有効だった日ソ中立条約を無視して対日参戦し、その5日後の8月14日に日本がポツダム宣言を受諾したあとも攻撃を続けたことについては、「中国と朝鮮を解放し、日本から軍事作戦を継続する意欲を奪った」と正当化しました。/政権の求心力を維持したいプーチン大統領は、第2次世界大戦の戦勝国としての立場を強調することで、国際社会で存在感を強め、国民の愛国心を高める戦略を進めています〉(8月6日「NHK NEWS WEB」)

ロシアの民衆は
外交では政府に追随


 ロシア外務省には優れた日本専門家が多数いる。米国を非難する目的で「原爆の日」を利用しても、日本国民の反発を買うだけであることはわかるはずだ。さらに1945年8月9日に当時、日ソ中立条約が有効であったにもかかわらずソ連が日本に参戦した事実は日本外務省とロシア外務省が共同刊行した『日露間領土問題の歴史に関する共同作成資料集』(1992年11月)にこう明記されている。
〈1941年4月13日署名の日ソ中立条約により、日ソ両国は領土保全と不可侵を相互に尊重し合う義務を負っていた。同条約はまた、5年間効力を有する旨、及びいずれの一方も有効期限満了の1年前に廃棄通告をしない場合には、自動的に5年間延長されたものと認められる旨、規定していた。/1945年4月5日のソ連邦による廃棄通告により、同条約は1946年4月25日に失効することとなった。ソ連邦は1945年8月9日、日本に対し宣戦布告を行った。/ソ連邦は、8月末から9月初めにかけて択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島を占領した後、1946年2月2日付けの最高会議幹部会令で、これらの島々を当時のロシア・ソヴィエト社会主義連邦共和国に編入した〉(日本外務省HP)。
 ラブロフ外相は熟練した外交官だ。ソ連が日ソ中立条約を侵犯して参戦したこととポツダム宣言受諾後も攻撃を続けたことについて「中国と朝鮮を解放し、日本から軍事作戦を継続する意欲を奪った」と開き直るような発言をすれば、日本国民の対ロシア感情を悪化させることくらいわかるはずだ。
 他方、ラブロフ外相をはじめロシア政府高官は対日関係を改善する意欲については、繰り返し述べる。ロシア内部で対日戦略が確定されていない。ロシア外務省内に日本は米国の同盟国なので信頼できないと考えるグループと、日本は一定の対米自主性を持つので取引は可能と考えるグループが対立しているのであろう。
 外交に関して、ロシアの民衆は基本的に無関心だ。プーチン大統領をはじめとする国家を統治するエリートが外交上の決断をすれば、国民はそれに追随する。ロシアの政治文化の底流に流れる権威主義的体質を日本の国益のために利用するというプラグマティズムが必要になる。

キーワードとなる
「ペレダーチャ」


 2018年11月14日にシンガポールで行われた日ロ首脳会談で安倍晋三首相とプーチン大統領は、「1956年(の日ソ共同)宣言を基礎として平和条約交渉を加速させる」ことで合意した。日ソ共同宣言九項には、〈ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする〉と記されている。
 ここで歯舞群島、色丹島の『返還』ではなく、『引き渡し』(ロシア語で『ペレダーチャ』)という言葉が用いられている。ロシアは第2次世界大戦中の連合国の合意によって合法的にソ連に移転したとする。ロシアが根拠とするのは1945年2月11日、ソ連のヤルタで署名された「ヤルタ協定」だ。これは秘密協定で、戦後、1946年2月11日に米国国務省が発表するまで、日本はその存在を知らなかった。当然のことながらヤルタ協定に拘束されないというのが日本の立場だ。
 ただしヤルタ協定の3項で、〈クリル諸島(北方4島と千島列島に対するロシア側の呼称)がソヴィエト連邦に引き渡されること〉と定められている。ここでの『引き渡されること』というロシア語も『ペレダーチャ』だ。この『引き渡し』に主権が含まれていると解釈しないと、千島列島は日本の主権下にとどまっているということになりロシアにとって都合が悪いことになる。
 こういった歴史的経緯について、安倍首相がプーチン大統領と次回の首脳会談で議論し、共通の見解に達する努力をすべきだ。ヤルタ協定と日ソ共同宣言の「引き渡し」に主権が含まれていることを安倍首相とプーチン大統領が確認することで、歯舞群島、色丹島が日本領、国後島と択捉島はロシア領という形で国境画定が可能になる。国境画定ならば、ロシアの憲法や法令に抵触することもない。
(2020年8月15日脱稿)
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