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元木 昌彦(もとき まさひこ)
編集者。1945年生まれ。「週刊現代」や「フライデー」の編集長として権力批判の誌面づくりを貫いた。メディア規制の動きに反対の論陣を張る。2006年11月、講談社を退社。オーマイニュース元社長。上智大学、明治学院大学、大正大学などで講師。インターネット報道協会代表理事。


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武田 砂鉄(たけだ さてつ)
1982年東京都生まれ。2005年、河出書房新社入社。主に時事問題・ノンフィクション本の編集に携わり、14年秋からフリーランス。15年初の著作となる『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)で第25回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。16年、第9回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞。現在、「cakes」「文學界」「すばる」「SPA!」「女性自身」「VERY」「暮しの手帖」等で連載を持ち、多くの雑誌、ウェブ媒体に寄稿。インタビュー・書籍構成も手掛ける。著書は『日本の気配』(晶文社)、『コンプレックス文化論』(文藝春秋)、『芸能人寛容論 テレビの中のわだかまり』(青弓社)等多数。

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■元木正彦のメディアを考える旅 266
 今月の同行者/武田砂鉄 氏(ライター/編集者)


皮肉も機能しない安倍政権の今
本田靖春に学ぶべきジャーナリズム

■物書きは、上空からでなく地面から見て手厳しく言う――

 武田砂鉄さん(37)は反骨の人である。本田靖春や竹中労、辺見庸が好きで、ナンシー関の鋭利や瞬発を尊敬してやまないというから、楽しみな書き手が現れたものである。
 彼が河出書房新社の編集者だった頃に会っている。彼が本田靖春さんの編纂本を出した時、私はノンフィクション作家の魚住昭さんと対談した。
 その後退社して評論を書き始めたが、少し前まで、「武田砂鉄」があの時の編集者だと気が付かなかった。
 最初の本『紋切型社会』(朝日出版社、2015年刊)の帯に「新しい書き手。自由な批評」とあったので読んでみた。
 政治批判をしても、芸能人を論評しても、これまでにない切り口で軽やかに、しかし、鋭く突っ込みを入れる。ダメなものはダメとはっきり言い切る。私のような軟弱な人間には、こういう言い方はできない。ただ者ではないと思った。
 砂鉄という風変わりなペンネームは友人が付けてくれたそうだ。
 昨年10月、彼が編集担当して2011年に刊行された本田靖春著作集の『複眼で見よ』が河出文庫として刊行され、武田さん自ら解説を書いた。同じく河出文庫の本田さんの著作集『私戦』とともに、今、店頭で目を引く。本田さんが亡くなって十六年が経つ。生前に本田さんが憂えていたジャーナリズムの衰退を、彼のようなT逸材Uが食い止め、今一度真っ当なものにしてくれるのではないか。そんな期待を胸に、会いに行ってきた。

              ◇

元木 本田さんについて魚住さんと対談したのはいつでしたかね。
武田 2010年のことですね。本田さんが亡くなったのが2004年の12月、『我、拗ね者として生涯を閉ず』(講談社)が出たのが2005年の2月です。
 その後、ちくま文庫から『誘拐』が復刊され、書店員さんのPOPをきっかけに注目され、本田作品の読み直しをしよう、というムードが書店業界で高まったタイミングでした。私が担当編集者として河出書房新社であの特集本(「文藝」の別冊「KAWADE夢ムック」)を出したのです。
元木 あの頃から、独立して物書きになろうと考えていたの?
武田 本田さんの特集を担当する中で、魚住昭さんや斎藤貴男さんのような、T濃い人たちUにお会いできたのは、編集者としてさほど長くないキャリアの中でも大きなことでした。自分も書く側に回りたい、との思いがどんどん膨らんできました。
元木 ノンフィクションではなく評論のほうへいったのは?
武田 僕は、とにかく雑誌というものが中学時代から好きで、テレビ番組や芸能人を批評するナンシー関さんのコラムなどを読むのがとにかく好きだったんです。
元木 本に出てくる人が本田さんや竹中労さん、鈴木邦男さん、辺見庸さんなど、何となくアナーキーな人が多いですね。
武田 竹中さんはたくさんの著作を残されていますが、『ルポライター事始』や『芸能人別帳』のように、高尚な口の悪さみたいなものに対する憧れがありましたね。
 ナンシー関さんのように、ストレートではなく、巧みな変化球で足を引っかけてみたりするのも好きです。
 自分がアナーキーかどうかはわからないですが、自分が14歳の時に例の酒鬼薔薇事件があり、その後もずっと「キレる若者」と括られる事件が続き、社会が自分に矢印を向けていると感じました。そこで沸き立つ感情っていうのは、シンプルに「大人たちは適当なことを言いやがって、ムカつく」です。
 それをどう発散するかとなれば、それが、激しい音楽であり、手厳しいテキストへの憧れだったのです。
元木 曽野綾子さんに代表される、今の若い人たちは戦争を知らない、食べられなければ生活保護がもらえる、贅沢だという批判に対して、「彼女が戦争期に生まれており、こちらは生まれていないという前提ですべての説法を引っ張ろうとする彼女の論旨は、ひたすら下品だ。体を現在に預けていない人は今を語るべきではない。自分と異なる人と対峙しない言論など言論ではない」と反論していますが、見事です。
武田 世代で括るのを躊躇いつつも、自分と同世代や少し上ぐらいの物書きに、何か問題があった時に、それをヘリコプターの上から見るような人たちが結構多い。でも、今の世の中、どんな側面を見ても、素晴らしく良くなっていくという段階ではないと思うので、地面から見て手厳しく言うのが当然のことだと思うんです。

今こそ考えたい
貧困や差別への視座


元木 私が大学生だった頃、文藝春秋で、石原慎太郎と小田実が「鳥瞰図虫瞰図」という論争をしたことがありました。鳥のように上から俯瞰して物事を見るという石原に対して、虫のように地べたを這い回って考えなければいけないというのが小田でしたが、私も小田の考え方に共感しました。
 武田さんはツイッターでも発言していますが、無責任な批判を書き込んでくる人への対応はどのようにしているの?
武田 出版社に10年いたら、いろいろなクレームを受けるので、慣れてくるし、その意見が何かを代表するものではない、と受け止めています。例えば、「武田、こんなくだらないこと書きやがって」とツイートした人も、5分後には子供とキャッチボールしたり、会社の会議に出席して怒られているかもしれない。こちらがすべてを抱え込む必要もありません。
元木 奥田英朗さんの『罪の轍』(新潮社)は、本田さんの『誘拐』をベースに、1964年の東京オリンピックを背景にしたミステリーですが、あれを読んで本田さんを読み始めたという人も多いそうです。
武田 本田さんの『誘拐』は、東京オリンピック前夜の東京の雑然とした光景、そして犯人の小原保が東北の貧農の出で、自分の抱えている障害もあって差別を受けていたという人物像を綿密に取材している。単なる犯罪ノンフィクションではない、重層的な作りですよね。
 本田さんの『私戦』という、金嬉老事件を扱った作品は、金が警察官から「この朝鮮人」と罵られるなどの差別が重要なテーマになっています。
 本田さんが提起した貧困や差別に対する視座は、今こそ、我々がもう1度考えなければいけない。そういう気がしています。
元木 本田さんの『拗ね者』を読み返すと、今のような時代が来ることを見通していたことがわかります。特に、大新聞が権力をチェックする役割を忘れ、権力にすり寄る萌芽は、本田さんがいる時代からありました。
武田 本田作品を好んで読んできた人なら、誰もが知っていることですが、本田さんは読売新聞の社会部記者時代に、社主の正力松太郎の動向を新聞に掲載する、いわゆる「正力物」を批判しました。だけど他の記者は、表立って批判を口にしませんでした。本田さんはこう書いています。
「社主による紙面の私物化という、公正であるべき報道の大原則に悖る事態が現に進行しているにもかかわらず、社内でだれ1人として批判の声を上げないだらしなさに、心底、煮えくり返る思いがしていたのである」
 そして38歳で読売を辞めますが、彼についていくものはいなかった。
 今も組織ジャーナリズムの中にいる人たちに、組織を最重要視して個人で物を書くことを諦めている人が多い。東京新聞記者の望月衣塑子さんがスターのように扱われています。もちろん望月さんの取材や書かれている原稿自体は素晴らしいと思いますが、ご本人の問題ではなくて、なぜあの方が普通の記者ではなくスター記者になるのかということを考えた時、新聞記者が個人で物申すことがますますレアケースになってきているとわかる。
 本田さんが読売で「黄色い血キャンペーン」をやったのは三十代です。当時は輸血するための血のほとんどを「売血」でまかなっていました。山谷のドヤ街で暮らす日雇い労働者たちは、血を売ることで糊口を凌いでいる者が多くいて、中には月に五十回も血を売って倒れる者までいました。T黄色い血Uで輸血が行われると、患者の約二割が深刻な血清肝炎(C型肝炎)を発症してしまう。
 本田さんは自ら山谷に潜り込み、売血の列に並ぶ。「必要悪」だと嘯く買血業者と厚生省との癒着を暴き、大蔵省主計局に乗り込んで、献血車両を買うための予算を付けろと談じ込んで、一人の社会部記者が、売血から現在のような献血へと時代を変えたのです。
 後に本田さんは、この時の売血のために肝がんを発症しますが、「僕の記念メダルだ」と笑っていたそうです。
(以下、本誌をご覧ください)
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