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大塚久美子社長は中国マネーに頼り自己の正当性を主張をし続ける


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■経営者の資質


父娘騒動以来、極度な業績不振
大塚家具はなぜ立ち直れないのか

■父娘の確執が勃発した時に当の父親がその財務基盤を「10年は持つ」と言っていただけにまだまだ体力があった。それが現実にはどうか。トップの久美子社長の資質が問われている――

何かというと口にした
「男なんて……」


 父親の大塚勝久氏を放逐して、大塚家具の実権を握った大塚久美子社長に、経営能力はなかった。株主総会の場で父との間で激しい委任状獲得競争(プロキシー・ファイト)を繰り広げて経営権を完全掌握したものの、2018年12月期決算まで三期連続で赤字。父を放逐した際に550億円あった売上高は、もはや3分の2の373億円にまで減ってしまった。「自分がいなくなっても10年は持つ」と勝久が豪語していた盤石な財務基盤はあっという間に毀損。保有する株や土地を矢継ぎ早に売却し、含みを吐き出した。挙げ句の果ては、中国マネーや短期転売を目的にした米系投資ファンドに出資を仰ぎ、実質的に自主経営権を返上し、「身売り」するに至ってしまった。
 なぜ、大塚久美子は、こんな事態を招いたのか。経営者としての彼女の行動の動機を解く1つのカギは「女性」であることにある。
 父勝久と母千代子が2人3脚で事業を起こし、その間に生まれた第1子が長女の久美子であった。次いで待望の男児の長男勝之が誕生する。さらに次女舞子、三女智子、次男雅之と2男3女の5人きょうだいの、1番上が久美子である。
 久美子は白百合学園から一橋大に進んだ受験秀才だったが、勝之は名古屋芸術大卒という学歴で、いわゆる偏差値エリートではない。それでも一家の後継ぎは勝之に内定していた。勝之は、大塚家の資産管理会社の「ききょう企画」の株式の半分の八百株を持ち分としていたのに対し、久美子のほか4人兄弟と母千代子の持ち分は各160株だった。
 久美子は白百合の高校生時代に母が購読していた雑誌でケインズの存在を知った。ちょうどケインズ生誕100年という時期にも重なり、関連本が相次いで出版されたりして再評価ブームになっていたことも手伝い、本人はすっかりケインズにはまってしまったという。一橋大学経済学部に進み、そのまま大学院に残ってケインズ研究者の道を歩もうかと思っていたが、1986年に男女雇用機会均等法が施行されて女性の社会進出の機会が広がったこととバブルという時代背景もあいまって、91年に富士銀行に総合職として就職したのである。当時の久美子について元富士銀の同僚が言う。
「美人で目立っていました。友人が彼女とデートをしたことがあったのですが、最初から最後までずっと話題はケインズだったそうです」
 この頃の久美子は、1つ下の弟の勝之がいずれ大塚家具を継ぐものと思っていたが、それが一転したのが父勝久に大塚家具の経営企画室長に招かれた九四年といえる。たった3年間しか社会人経験がない娘を可愛さのあまり、新設した経営企画室長に就ける点で、度し難い親バカではある。この時に少し先に入社していた長男勝之は社長室長兼商品開発室長に起用されている。弟とほぼ同時に家業の大塚家具に入り、同時期に幹部に起用されたのだからライバル意識を抱くのもむべなるかな。この頃から久美子の勝之への反発が強まっていった。それを「久美子さんは何かというと『男なんて……』と言い、男に対するコンプレックスが強烈だった」と、当時の大塚家具幹部は言う。

「結婚は無意味」と
友人にも説いてきた


「女」である点に加えて、久美子の2つ目の内的動機には「負け犬」がある。
 久美子は50歳を過ぎてもなお独身である。結婚したことがないし、もちろん子供もいない。「縁談があってもすべて断る。お友達の中で、あの子だけが行かずに残ってしまった」と父勝久は嘆いたことがある。久美子は女子校時代の旧友たちに「結婚なんて無意味よ」と言ってはばからず、結婚しないままの女子たちと「このまま結婚せずに、いずれはシェアハウスにでも一緒に住もうね」と約束していたというが、現実には1人、また1人と嫁いでしまう中、1人独身を貫く形になっていた。
 それでも自身の結婚観を正当化しようと、妹たちにも「結婚なんか無意味よ」と説いて回り、妹に縁談話が舞い込むと、相手を非難して縁談話を潰しにかかり、結婚しないよう牽制してきたのだという。そのせいで遂に舞子は結婚しないままなのだと関係者は解説するのである。
 1回目の結婚に失敗した弟の勝之が再婚する時に、相手の女性が高卒だったという点をとらえて「この縁談は良くない」と言い出したのは久美子であった。相手を「この人は宗教か何かにハマっている」と決めつけて両親の勝久・千代子に吹き込んでもいる。久美子の過激な悪罵雑言に洗脳されたかのように両親は、次第に勝之の結婚反対に傾き、大塚家具の跡取りになりたいのか、それとも女を選ぶかと、2つに1つの選択肢を突きつけて、女性を選んだ勝之をいったん廃嫡にしてしまったのである。
 ライバルの弟勝之が社外に出たタイミングを見計らって、久美子は大塚家具の社長に就任し、弟を出し抜くことに成功した。だが、勝之夫妻に男児が誕生すると、孫の顔を見たい勝久・千代子夫妻は勝之夫妻とよりを戻し、勝之は再び大塚家具に役員として舞い戻ることになった。当然久美子は面白くない。この頃から久美子は、勝之を除く弟妹を自分の味方につけ、勝之を排除する姿勢を鮮明にしていった。「勝之を追い出せば大塚家具を自由にできるのよ。私が会社を売ってお金にして、みんなに配ってあげるわ。サラリーマンでは一生得られないようなお金を手にすることができるわよ」と言い出すようになっていた。

私生活では
親に頼ってきた


 夫も子供もいない久美子の動機の3番目は財産であった。久美子は神保町の高層マンションの1室に住むが、購入資金の9割は母千代子が出し、久美子は1割だけ。マンションの持ち分の名義も母が9割で自身は1割。「親にカネを出させるすねかじりでありながら、自分も少し出して1割は自分の名義にしたのは、いざというときにそう簡単に追い出しを食らわないように考えてのことだろう」と、久美子の親しい知人は言う。「富士銀行で不良債権回収の手法を覚えたり、一時は法科大学院に通って法律を覚えたり、中途半端にモノを知っているのが彼女なんです」とは、この知人の評価だ。
 少しでも言うことをきかないと即座に更迭されるのが同族経営の大塚家具の社風だが、勝久も千代子も自分たちの5人の子供にはとにかく甘かった。久美子が仕掛けたプロキシー・ファイトで久美子側に回った舞子は、敵対した父の渋谷区神山町の邸宅で日本舞踊や茶道の稽古事を教えている。「稽古部屋も茶室も全部そのために造ってやったのに裏切られて。それなのにいまだに会長夫妻は、舞子さんのためにお茶の火おこしまでやってさしあげているのです」と元幹部。
 久美子もそうだった。覚えたての日本舞踊をお披露目しようと、明治座を借り切って「娘道成寺」を演じ、機関投資家や証券アナリストを招待したことがあるが、もちろん衣装代も会場代もすべて両親持ちであったという。住宅を買ってもらい、道楽費用も実家任せ。それを恬として恥じないのが久美子であった。
「心にゆとりのない人。だから友達もほとんどいないし、社内では嫌われている」と友人の1人は言うし、「現場でモノを売ったことがないから、現場の社員たちの気持ちを理解できない」と大塚家具の古参社員も言う。
 久美子の住むマンションの1室はリビングの中央にハープが置かれ、本棚にはケインズ全集。そしてピカチューの縫いぐるみが飾られているという。大塚家具本社の社長室の棚にもピカチューがいる。実は久美子はアニメ好きなのだという。「人の気持ちがわからない彼女は、こうした非人間的なものに向かうのでしょうね」。そう同僚は言った。(敬称略)
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