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元木昌彦(もときまさひこ)
編集者。1945年生まれ。「週刊現代」や「フライデー」の編集長として権力批判の誌面づくりを貫いた。メディア規制の動きに反対の論陣を張る。2006年11月、講談社を退社。オーマイニュース元社長。上智大学、明治学院大学、大正大学などで講師。インターネット報道協会代表理事。


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清水 潔(しみずきよし)
1958年東京都生まれ。新潮社の写真週刊誌「FOCUS」編集部を経て、2001年日本テレビ入社。報道局記者。1999年埼玉県桶川市の「桶川ストーカー殺人事件」では、警察より先に容疑者を割り出し、上尾警察署による被害者の告訴もみ消しもスクープ。2007年足利事件を含む北関東連続幼女誘拐殺人事件の取材で無期懲役囚は冤罪ではないかと、捜査の矛盾点や謎を継続報道し、DNA再鑑定を提起し続け、日本で初めて行われたDNA再鑑定により、不一致だったことが判明、09年6月に、受刑者は釈放された。15年、日中戦争時の「南京事件」を取材。NNNドキュメント'15「南京事件〜兵士達の遺言」を放送。「ギャラクシー賞」など合計7つの賞を受賞。その他ジャーナリズム関連の賞を多数受賞している。


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■元木昌彦のメディアを考える旅 251
今月の同行者/清水 潔 氏(日本テレビ報道局記者・特別解説委員)


朝日を孤立させたのは国民の無関心
「政治的公平」はテレビ報道の足枷

■ジャーナリスト批判者がジャーナリストの取材情報で批判する矛盾

 清水潔さんは「伝説の記者」と言われる。これは誇張ではない。写真週刊誌「FOCUS(フォーカス)」の記者時代には、埼玉県桶川市で付きまとわれていた男たちに殺された女子大生の「遺言」を手掛かりに、丹念な取材で実行犯を割り出し、警察の顔色なからしめた。
 日本テレビに移ってからは、冤罪を訴えていた「足利事件」の菅家利和さんの捜査に疑問を抱き、鬼気迫る取材で「真犯人は別にいる」ことを突き止め、「もう一度DNA鑑定をやり直せ」と報道特番やニュースで主張した。
 それによって、日本初となる「DNA再鑑定」が行われ、菅家さんは晴れて無罪となった。
 あった、なかったと論争になってきた日中戦争の「南京事件」を、当時を知る人たちの証言や綿密な現地取材から「南京事件はあった」ことを立証して見せた。
 獰猛とも思える取材力と、事実をひとつひとつ積み上げていく繊細さを併せ持った記者である。
 清水さんのようなジャーナリストがもう数人いたら、この国はもっと住みやすい国になっていた。そう思わせる人である。
 ジャーナリストのレジェンドに、取材の要諦からジャーナリストの役割、自己責任について聞きに行ってきた。
              ◇
元木 まず初めに、シリアの過激派に3年3カ月も拘束されていて、ようやく解放されて帰国した安田純平氏が先日、記者会見をしました。自己批判バッシングもありますが、清水さんはどう考えますか。
清水 自己責任という声が今回いろいろ飛び出してます。安田さんも会見で、「紛争地に行く以上は自己責任。何があっても自分で引き受け、自分の身に起こることについてははっきり言って自業自得だと考えています」と言っていましたが、その言葉を口にできるのは、当事者1人だけじゃないかと僕は思う。僕たち取材者は、何かあった時には誰かが助けてくれるんじゃないかなんて、そんな絵に描いた餅を考えたってしょうがないわけです。取材はリスクを伴う行為で、取材者自身はそれを承知しているという意味なのだと思います。
元木 第3者にあれこれ言われることではないですね。
清水 皆さんは日頃いろんなかたちで情報を得ているんです。たとえばネットしか見ないという人がいるとします。テレビも新聞も見ない、週刊誌は買わないと。しかしネット情報の多くも元は新聞、テレビなどのメディアからの引用が多いわけです。そうでなかったら、誰かが創作したフェイクか、盗用の可能性もある。誰かが取材したものを甘受しておいて、こういうことが起きた時は、何でそんな危ないところに行くんだと批判する人が多い。週刊誌なんか、あんな下劣なものはやめろとか言うけれど、それは「見たから」言えるのですよね。
 ところが、自分がどうやってその情報を得たのかという経緯は知ろうとしない。世界中のジャーナリストたちが身体を張って、やっとの思いで入手した情報です。それを見ていろいろ意見を言っているのに。情報の原点には大抵の場合ジャーナリストがいることを理解してほしいですね。

ジャーナリストの
取材を活かすのは……


元木 日本人はメディアリテラシーがないとよく言われますが、ネットの氾濫で、自分の知りたい情報にはアクセスするけど、その情報の背景を考えたり、重みに思いを致すことがますますなくなってきています。
清水 今、自分に都合のいい情報だけを求めている人が増えている気がします。「ざっくり言えば」と、さわりだけを読んで、自分が好きなことに「そうだそうだ」と言い、嫌いな意見は反発するか見ない。事実より好き嫌いが選別基準になっています。
 そもそもジャーナリストって、強いものと対峙する関係にあるはずだから、危険が生じることは当然なんです。記者クラブにいて、権力側の言いたいことだけを伝書鳩のように伝えていればリスクは負わないでしょう。
 ツイッターでこんな書き込みがありました。要は「政府が行くなと言っているところに行ったんだから、それはお前の責任だ」というようなものです。このあたりが批判している人の本音なんじゃないかと思う。お上に従えと。なぜ言うことをきかないのか、そんなやつの責任を政府が負う必要はない、という日本的な考え方でしょう。
元木 そうですね。私は清水さんのような危険な取材は経験がありませんが、日本政府が渡航禁止にしていたベトナム戦争末期の1973年に南ベトナム・サイゴン(現・ホーチミン市)に、戦争が見たくて行きました。
 85年には北朝鮮に単身で入り、1カ月近く滞在しました。何かあっても日本政府は何もできない国へ行くのは、清水さんが言っているように「自分の目で見て、聞いて、考える」ためです。あえて危険を冒すのが、ジャーナリストの仕事の1つで、この仕事を選んだ人間は、最悪の事態を考えて考えて、考え抜いて、それでも行くんです。
清水 人が行けない場所に行き、会えない人に会って何かを伝える。そうやって得られた情報をどう生かすか、それは読者や視聴者が考えることです。
現実にあった話なのですが、あるマンションの1室に暴力団関係者が出入りしているという話があった。住人は不安がっている。でも当事者たちは、自分たちは暴力団じゃないと否定する。そこで、取材を申し込んで部屋に入れてもらうと、そこには組員の名前がバーッと貼ってあって、一部が赤い色になっている。「赤いのは何ですか?」と聞いたら「ムショに入ってるんです」と言う。神棚があって、そこに置かれた酒瓶の中には小指が浸かっている。どう見ても暴力団事務所でしょ。そういうのはリスクを冒して取材することで、明らかになる。それで初めて警察に通報をしたり、住民たちからは、「出て行ってほしい」という交渉なども始まるでしょう。
 安田さんのケースでも、問題化して、結果論で批判している。これまでや、今後の安田さんの取材で何を知りうるのかなんて全然考えない。ジャーナリストは時には危険を冒し、そのことで分かることがたくさんある。情報が出ることによって初めて議論も始まる。そこに価値を見出すべきですよ。
元木 清水さんは、日本で強盗殺人を犯してブラジルに帰国した犯人を追って、単身、ブラジルまで取材に行き、相当危ない地域で犯人を見つけだして映像を撮り、「あんた本当に人を殺したのか」と聞いている。その情報を日本の県警に伝え、「代理処罰」という形でブラジルの検察が動き、犯人は逮捕される。こんな危険なこと警察でもしないよね(笑)。
(以下、本誌をご覧ください)
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