巻頭言
内田 樹の


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内田 樹
(神戸女学院大学名誉教授)





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危機的状況の
学校教育の劣化

 学校教育の劣化が止まらない。人口当たりの修士・博士号取得者が主要国で日本だけ減っていることが先日、文部科学省の調査で判明した。これまでも『フォーリン・アフェアーズ』や『ネイチャー』など海外メディアや国際的なジャーナルからは日本の大学の学術的生産力の急激な低下が指摘されてきたが、大学院進学者数でも、先進国中ただ一国の「独り負け」状態であることが明らかになった。
 教育政策が失敗することにはいろいろな理由がある。天変地異なら人知の及ばぬことだが、学校教育の場合は、そんな「想定外」は勘定に入れる必要がない。ふつうに考えれば、主因は教育行政の成否にある。しかし、本邦の官僚は政策の失敗を認めたがらない。それでも、現実に教育政策が失敗している以上、それを合理化する何らかの説明をしなければならない。一番簡単なのは「現場」にすべてを押し付けてしまうことである。省庁は正しい政策を立案したのだが、現場の教職員たちがそれに抵抗し、サボタージュしたせいで「正しい政策」が実現できなかったのだという説明である。
 だが、そうやって失敗を糊塗してしまうと、次の課題はどうやって現場に言うことを聞かせるかということになる。当然、結論は「上意下達システムの強化」ということになる。権限を指導部に集中し、現場には自由裁量権を一切与えない。教職員の「忠誠度」の査定を評価の最優先事項に据える。「イエスマン」を優遇し、反抗的な教職員は現場から排除する。日本の教育研究にかげりが出てきてから行政がやってきたのは実質的には「これだけ」である。そうして、日本の教育の劣化はさらに劇的に進行したのである。
 考えれば当然だと思う。上司による格付けに怯え、指示がなければ動けない労働者がそうでない労働者よりも高いパフォーマンスを発揮するという行政の信念がどのような経験から導き出されたものなのか、私には想像がつかない。あるいは、中高時代の部活で監督や先輩に殴られたせいで好成績をあげたことをおのれの「成功体験」として記憶している人たちが中央省庁には集住しているのかもしれない。
 そうやって学校を上意下達の組織に改組して、教職員を「イエスマンシップ」に基づいて格付けしたおかげで、政策は抵抗なく次々実現するようになったが、教育のアウトカムはますます劣化した。この事態はさすがにもう説明がつかなくなった。
 仕方がないので、役人たちは過去の政策の失敗を認めぬまま、次々と思いつき的な政策を命じるようになった。「過ち」は認められないので、前の指示は引き続き履行せねばならず、新しい指示がそれに追加される。タスクはひたすら増え続ける。その結果、小学校から大学までの全レベルで教員たちは疲弊し果て、次々とバーンアウトしている。
 以上が学術的発信力の劣化の歴史的経緯である。このままでは遠からず日本の知的生産力は先進国レベルから脱落せざるを得ない。国内でも、先端的な研究分野の研究者たちの多くがその暗鬱な予言に同意している。
 すでに若い研究者たちはより恵まれた、より自由な研究環境を求めて、欧米諸国だけではなく、アジア諸国への移動を開始した。この趨勢はもう止まらないと思う。日本人の研究者が世界各国の研究機関や大学で活躍するのはまさに「グローバル人材」を輩出しているということなのだが、その主たる理由が「日本ではもうやりたい研究ができない」ということであるのが情けない。
 日本の教育と研究は今、危機的な状況に立ち至っている。だが、その解決策として提案されるのは相も変わらずの「上意下達の強化」と「格付けに基づく傾斜配分」だけなのだ。絶望的な頭の悪さというほかない。
(神戸女学院大学名誉教授)


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