巻頭言
佐伯啓思の


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佐伯啓思氏
(京都大学名誉教授)





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北朝鮮問題が
あぶり出したもの

 昨年の後半は、世界中が2つの選挙によって大きく動揺した。1つは、6月末に行われたイギリスのEU脱退を決める国民投票であり、2つ目は、11月に行われたアメリカの大統領選挙であった。つまり、欧米を舞台として大きな震動が走った。とりわけトランプ大統領の登場は、世界の政治と経済に対する大きな不安定要因ともみなされ、今年の世界はこのいささか異形の大統領によって振り回される、という予測が大半であった。
 確かに、トランプ政権が安定した政策運営をやっているとはとても言えないものの、今のところ、この大統領が世界に対する致命的な不安要因になっているわけではない。それよりも、現下の最大の不安要因は北朝鮮の核問題である。
 北朝鮮の軍事的挑発はますますエスカレートしている。それが単なる軍事的挑発ならよいが、現に、北朝鮮の核兵器を使用した軍事的攻撃能力は確実に増強されている。ICBM(大陸間弾道弾)の完成は真近とみられ、先日の核実験では広島に投下された核の十倍の威力を持った核開発を行っている、と報道されている。
 アメリカと北朝鮮の間に交戦状態が生じるかどうかは不明だが、その可能性は決してゼロではない。もちろん、そうなれば、日本も当事者国となる。実際、今この時点でいえば、最大の脅威を受けているのは韓国を別とすれば日本なのである。
 こうした状況に対して、日本は完全に手詰まりになっている。安倍首相は、国際社会が一体となって北朝鮮に圧力をかけなければならない、と言っているが、実際には、国際社会とは、それぞれ各国の利益の集合体であって、日本の脅威のために団結するわけではない。この九月に国連で制裁決議がなされ、これについては中国もロシアも比較的協力的とはいえ、十分な制裁がなされたわけではない。
 ではアメリカはどうなのか。トランプ大統領の思惑はまったく不明である。かなり確実に言えることは、アメリカの大都市にまで届くICBMが完成したというかなりの確証が得られれば、一気に北朝鮮に対して予防的先制攻撃を加える可能性はある。しかし、それまでは、現在のチキンレースを続けながら、話し合いの道を模索するだろう。要するに事態を先送りすると思われる。
 その中で日本はどうすればよいのか。どう考えればよいのか。確かに手詰まりの中で、せいぜいJアラートなどという子供だましでお茶を濁しているだけである。
 現実を見れば、この状況の中でアメリカの出方を注視するほかに方法はない、というのは一応の回答であろう。しかし、トランプ大統領の決定に日本人の生命が委ねられている事態は本来のあるべき姿ではない。この本来の姿から大きく隔たってしまった理由はといえば、やはり戦後日本の国防についての欺瞞に行き着くであろう。一方で平和憲法を掲げて戦争放棄をしながらも、他方で日米安保体制によって米軍に防衛を委ねる、という欺瞞である。自国の防衛はまずは自国が主体となるという、いかにも単純な原則を放棄してきたことである。
 今年の四月にトランプ大統領が空母を日本海へ派遣すると述べ、実際に戦争が始まるかもしれない危機状態に陥った。この時、日本の国会では、北朝鮮問題はほとんど話題にも出ず、ただただ森友学園問題に終始していたのであり、マスメディアも同様であった。
 確かに今、北朝鮮問題に対して日本が独自にできる戦略は何もない。しかも「国際社会」は当てにならず、アメリカの意向は常にアメリカの国益に左右される。こうした手詰まり感のひとつの根本的な理由は、戦後日本の防衛に対する欺瞞にあったことを改めて考えてみるべきだろう。
(京都大学名誉教授)


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